2011年3月18日 朝刊
十七日の外国為替市場で一時、一ドル=七六円台に急騰し、最高値を更新した。
東日本大震災や福島第一原発事故が深刻化しているのに、日本円が買われる矛盾。
その引き金を引いた投資家の思惑や、「安全資産」とされる日本の円の現状を検証すると、今回の円高がさまざまな“見当違い”から引き起こされた実情が見えてくる。 (円高問題取材班)
■連想
今回の急速な円高は、投資家たちの投機的な思惑から始まった。
大規模な震災が発生すれば、保険会社は地震保険金の支払いで外貨を円に替え、輸出企業も手元資金を集めようと円を買うはず-。
一九九五年の阪神大震災後も、一ドル=七九円台の最高値を更新したことが、海外のヘッジファンドなどの円高連想を膨らませた。
さらに、ファンド勢は「震災で日本経済が打撃を受ければ、国内投資家がリスクの高い海外投資に慎重になる」と読み、ドルから円に替える取引が増えるとの連想もあったとみられる。
こうした思惑を効果的に利ざやにつなげようと、海外のファンド勢は「日本の早朝にあたり参加者が少ない薄商いの時間帯(海外市場の終了近く)を狙った」(大和総研の亀岡裕次氏)。
これも、海外の為替市場で急激に円高が加速する一因となった。
■否定
しかし、国内企業が実際に円の買い戻しに動いた形跡はない。
日本損害保険協会の鈴木久仁会長は十七日、「ありえない。保険金支払いに向け、各社は手元に準備金を積んでいる」と否定する。
日本自動車工業会の志賀俊之会長も「復興資金が必要だからとドルを円に替えるなんて計画はない」と憤る。
自動車や電機などの輸出企業は、三月の決算期末が近づくと、海外の利益を日本に戻すため、外貨を売り円を買うと言われるが、電機業界関係者は「個別会社の円買いは、為替相場全体に影響を与えるレベルではない」と指摘する。
「思惑先行型の極めて投機的な動きだ」。与謝野馨経財相は、海外勢の円買いを、こう切り捨てた。
■安全
もう一つ、円買いが進む主因となったのが日本円の安全性だ。
日銀が事実上のゼロ金利政策を続け、低成長から長期金利も低い日本は、世界の中では低金利・低リスク通貨という位置付けとなる。
また、日本はドルをはじめ海外資産を大量に持つ世界最大の対外債権国であることも、円の安心感を高めている。
今回の震災後、日本人の規律ある行動を称賛する海外メディアも多い。
日本企業の技術力の高さなども、潜在的な円の価値を底上げしている面がありそうだ。
投資家は通常、高い利回りを求めて資源国など高金利・高リスクの資産に投資する。
しかし、三月中旬になり、中東バーレーンの政情不安や、アジア株の下落が進んでおり、世界的にリスクを回避したい欲求が強まっている。
その損失回避先として、安全資産の円が買われている構図だ。
同様に安全資産とされるスイスフランも、高値傾向が続いている。
ただ、震災や原発事故に揺れる日本がなぜ安全なのか-。
それでも円を買う投資家の行動は、矛盾しているように見える。
第一生命経済研究所の熊野英生主席エコノミストは「長期的には、原発の不安から円が売られることが、たしかに予想される」とする。
一方で、「市場は短期的に動く。今回の動きは、高リスク通貨から、とりあえず安全な資金を円に移したまで。今後、原発の不安が高まれば、円安方向に振れるだろう」と分析する。